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新年のご挨拶

2021年 新年のご挨拶

昨年に続き(残念ながら)今年も新型コロナウイルス感染症の話題から始めます。この原稿をしたためているのは新たな変異株である“オミクロン株”が話題になっている時期です。ウイルスに意思があるとは思っていませんが、宿主である人類との共存を選ぶ方向に変異が起こっていることを祈るのみです。

昨今、新規新型コロナウイルス感染症患者数が報道される頻度よりは少ないかもしれませんが、コロナ禍で困窮を余儀なくされている方々の報道が増えています。2020年の新語流行語大賞にもノミネートされた“エッセンシャルワーカー”(大賞は三密)ですが、医療・介護の分野を含め、私たちが尊厳をもって日々を暮らしていくために不可欠とされる職業に就いている方々が安心できる生活を送れていないのは問題だと考えます。

私たちが日々得ている収入は、他者に与えるサービスの対価として支払われるものです。一つのサービスあたりの単価が少なくてもグローバルに通用するものであれば結果として莫大な対価が支払われると思いますが、例えば介護事業などは必要不可欠な仕事なのに労働生産性は高いとは言えず十分な対価を得ることができません。これを補填するためには公的な介護報酬の増額が望まれますが、その原資をどこに求めるかが問題です。

第二次世界大戦で灰塵に帰した我が国の経済は経済成長の波にのることができ一時は世界第二位の地位まで成長することができました。しかしその間に新興・途上国も経済発展を続けているので日本だけがいつまでも高い経済成長を続けることはできません。国もデジタルトランスフォーメーションやグリーン分野への投資、地方創生などの成長戦略を推し進めていますが、所得格差は縮まっていないようです。所得の不平等さを表すのに良く引き合いに出されるのがOECDジニ係数です。厚労省が発表している再分布所得ジニ係数は0.33程度で比較的安定していますが、当初所得ジニ係数は1980年代(0.35)以降右肩上がりで上昇し最近では0.55を超えています(0に近いほど不平等さが低い)。私は経済学には疎いので、我が国は再分配機能が働いていて他国より優れているといえるのかどうか分りませんが、所得税は課税所得が330万円を超えると20%以上になる(住民税は別)のに利子や配当などの税率は一律約20%なので懐に余裕のある富裕層が有利なのは否定できないと感じます。拾い読みですが、「21世紀の資本論」著者のトマ・ピケティ氏も“資本から得られる収益率が経済成長率を上回れば上回るほど、それだけ富は富裕層に集まる”と述べておられます。

昨年くらいから私も“持続可能な成長戦略(SDGs)17目標”をよく耳にするようになりました。これも他者からの耳学問ですぐに底が割れる話ですが、世界では国内総生産(GDP)に基づく成長至上主義に疑問を呈する潮流があるようです。…世界のGDP(84兆ドル)の半分以上が自然資本に依存(44兆ドル)しているのに自然資本を無視している…人間の需要は自然の供給能力を超えてはならない…とする説を英ケンブリッジ大学名誉教授パーサ・ダスグプタ氏は「生物多様性の経済学」で唱えておられます。この説は昨年6月のG7サミットでも議題に取り上げられた…とのことです。氏は人工資本(インフラや建物など)と人的資本(教育や医療など)に加えて自然資本(森林・農地・漁業資源など)を加えた“包括的な富”を経済発展の尺度とすること…このために自然を利用している企業や人に課金することを主張しておられるようです。

確かに私たちの食事のほとんどは自然に由来しており環境破壊が進めば食糧難が訪れることは想像できます。一方、私も経済成長の限界はイノベーションで超越できる…との考え方を何となく受け入れていましたので具体的にどのようなシステムを作り上げれば“包括的な富”が経済発展の尺度となるのか想像がつきません。自然の供給能力を超える企業活動を続けると(例えば)金融市場から締め出されるような世界基準が生まれれば、世界で100万ドル以上の富を持つ5610万人(2020年クレディ・スイスレポート)がその資産を維持するため新たに自然資本の維持を尊重する企業に投資先を変更するパラダイムシフトが生まれるのかもしれません。この結果、生物多様性が守られ自然環境も守られて将来的に安定して私たちの生存が保証されることは喜ばしいことですが、国内での経済格差の是正にすぐには結び付かないのでは…との不安感も覚えます。今年も去年に続いて「皆さま明けましておめでとうございます」とのご挨拶でこの文章を始めることができませんでした。今年こそ新型コロナウイルス感染症が終息に向かい、経済的に苦しんでおられる方々が希望を持てるような年になって欲しいと願い、新年のご挨拶と致します。

心臓血管センター金沢循環器病院
病院長 池田 正寿