
2016年も色々なことがありました。過ぎ去った日々は常に疎くなるものですが、皆様にはどんなことが思い出されますか?4月の熊本地震?8月のSMAP解散報道?10月の大隅良典先生のノーベル医学生理学賞受賞決定?
私には『一昨年12月に命を絶たれた享年24才某広告代理店勤務女性の過労自殺』が改めてクローズアップされたこと…が一番心に残っています。私が現職に就いてから7年が経過しましたが、この間ずっと「人を評価することとは何だろうか?」と考え続けてきました。管理者が常に要求されることは収益力の向上です(公益性を重視される医療機関とて同様)。しかし古今東西、収益のみを基準に職員を評価すると必ず過重な労働を強いるようになってしまう。その結果として従業員の過労死が発生する事態は20世紀初頭の長野県下で多発していました(製糸工場勤務女性労働者→『あゝ野麦峠-ある製糸工女哀史』山本茂美)。戦後、新しい憲法と労働法が制定され働く者のいのちと健康が尊重される時代になったはずですが、今もって過労死・過労自殺の悲劇は続いています。
日本生産性本部と日本経済青年協議会が新入社員に毎年実施している「働くことの意識調査」によると、「デートの約束があった時に残業を命ぜられた場合どうしますか?」の問いに『仕事を優先する』と答えた人の割合は88年まで70%台であったのが91年には62.3%まで低下、その後(バブル崩壊)再増加に転じ06年以降は80%台に戻った(13年女性に限ると90%台)とされています。先の製糸工女の自殺の分析では「病弱脱落型」と「企業戦犠牲者型」が多かったとのこと。後者は技能が優秀であったため模範/優等工女ともてはやされた分“もっと働け”の圧力を受けて追い込まれていったと考えられています。“ゆとり世代”と一括りされている(揶揄されている?)若い方々の意識の方が、それ以前の世代の意識より職場に忠実であることは喜ぶべきなのでしょうか??「企業戦犠牲者型」予備軍が増えなければ良いが……
先の広告代理店女性の件です。同職場には「鬼十則」なる社員の行動規範(会社は社訓とは言っていない)がありました。その五番目に“取組んだら放すな! 殺されても放すな! 目的を完遂するまでは…”なるものがあり今回大きな批判を浴びました(同社は社員手帳から削除するとした)。私は過去にこの「鬼十則」に目を通したことがあります(ネットなら今でも容易に検索可能)が、率直な感想は“20代でこれを目にしていれば自分の人生訓にしたかもしれない”…でした。ちなみに一番感銘を受けたのは十番目“摩擦を怖れるな! 摩擦は進歩の母、積極の肥料だ。でないと君は卑屈未練になる。”………
今回内部で何が起きていたのか…は当事者でない私にはわかりませんが、(あくまで想像ですが)この行動規範を笠に着たパワーハラスメントがあったことは間違いないのでは…… こういった精神訓は、自分で意識して心がけるのと他者から強要されるのとでは全く意味合いが違います(余談ながら愛国心も同様です)。
医療機関の第一の使命は良質な医療の提供でしょうが、職員の生活を保障することも同じくらい重要な使命です。安心感をもって職務を遂行していただくことで職場に対する忠誠心を高め、加えて日々学習を重ねていただき技能を高めることができなければ良質な医療提供はできません。患者さんを第一とするためにも労務管理のシステム改善や労務に見合った報酬を保証することは絶対必要です。ただ現在の医療環境の中では容易なことではありません。過去に『不景気な時には勤労者の賃金は下がった。しかし医療業界では賃金は下がっていなかった。』なる論調を目にしたことがあります。確かに例え賃金が下がってもサービスの質を低下させないように頑張ってこられた労働者の方からみれば怨嗟の声があがるのも理解はできます。でも私たちは過去から連綿と“医療職は聖職”の名のもとに労働者の権利を放棄して業務を遂行してきたと思います(それが正しいことかどうかは別ですが)。
何冊か成書を読ませていただきましたが、過労死や過労自殺がおこる現場は総じて“金銭的にゆとりがない”状態にあるのでは…と思いました。ゆとりがないから個人に対する要求が厳しくなり、評価基準も厳しくならざるを得ない現状が背景にある…と考えます。労働生産人口の減少に伴い高齢者が増えることで医療/介護事業の需要は増える…との予測がありますが、需要が増えても資金が供給されなければ現場のゆとりは乏しくなるのみです。弁護士の川人博氏は著作の中で過労自殺を防ぐために“義理を欠くこと”を勧めておられます。川人氏は1)人間のいのちと健康は、義理を守ることよりはるかに尊い価値があること、2)義理を欠く行動をあえてとることで職場の中の矛盾を顕在化させ職場改革の契機とすること…を力説しておられます。重要な提言と思いますが、私たちの業界ではすでに“立ち去り型サボタージュ”と言う形で臨床の最前線から引退している医師が少なくない…と言うことも指摘させていただきたい…と思います。
末端の一医療機関に所属するものとしてできることは僅かですが、当院職員の中から過労死や過労自殺する方は絶対に出したくない。人さまのいのちを守る医療機関が職員のいのちも守れないようでは値打ちがない…と思っております。
長文のご挨拶となりました。お許しください。最後に(順番が逆でありますが)本年も何卒宜しくお願い致します。なお、本稿の完成のためには川人博著『過労自殺』初版と第二版(岩波新書)を参考にさせていただいております。
心臓血管センター 金沢循環器病院
病院長 池田 正寿